Vol.374 青柳寛子(カリフォルニア州ライセンス助産師)2/4
1%の情熱ものがたり(海外在住日本人の情熱インタビュー)by Mitsu Itakura / ゼロハチロック - A podcast by Zero-Hachi Rock
ソーシャルメディアのフィードに出てくる内容ってほんと盗聴してるんか!?って疑いたくなるよね。「口に出せない事がある、口に出しちゃいけない事がある」そんな昔の長渕剛の歌を口ずさんでみたりする金曜の板倉です、こんにちは。 「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、94人目のインタビュー。東京生まれ横浜育ち。7歳の頃にアメリカで1年過ごした経験が良い思い出となり、結果的に今の暮らしや仕事に繋がっていく。苦労はしたがやり切った高校での1年間の留学、得意の英語を活かしてクリアした大学受験、楽しかった大学生活。その後、なんとなくで進んでしまった就職、働き過ぎで心身ボロボロになった3年間の社会生活。結婚、出産、アメリカ移住、3児の母としての慌ただしい暮らし。そんな人生のうねりの中で出会った“自分が本当にやりたいこと”。40代での大きなキャリアチェンジ。家族の支えと、魂の声に従うような直感を信じて、一歩を踏み出した。それが、助産師という道。生まれることも死ぬことも家の中で日常と共にあったひと昔前とは大きく変わったこの時代に、命に寄り添い、心を育て、明日を照らす。人間の本来の強さと優しさを信じ、直感に耳を澄ませながら、人と人が支え合う“現代の寺子屋”を目指す。200件を超えるお産の現場に立ち会い、尊い命と向き合ってきた寛子さんの優しい眼差し。そんな心が温まるような情熱ものがたり。 良き思い出として残っている7歳の時の1年間のアメリカ生活。大変だった高校生の時の1年間のアメリカ生活。そして超楽しかった!という大学生時の1年間のアメリカ生活。環境やタイミングによってこうも変わる、そして人生も然りですなー。 それでは、お楽しみください! ▼Show Notes : Vol.374 ・東京生まれ横浜育ち・外交的に見えて実は内向的・人見知りや緊張しいの性格も・水泳が好きだった・勉強は好きじゃないけどやってた・7歳の時、父の仕事でノースキャロライナ州に1年在住・良い思い出として残ってる・英語の体得がかなり早かった・キラキラしてたアメリカンカルチャーを吸収・大学生のマイケルジョーダンが活躍してた時・日本に戻って逆カルチャーショック・アメリカとの差を感じて窮屈を感じた・動物好きでムツゴロウ王国行きたかった・高校でカリフォルニア州に一年間留学・なぜか勉強やる気になれなかった・英語ができれば試験に受かるルートを知る・LA近郊のベイカーズフィールドへ・英語もついていくのが大変なレベル・すごく苦労したが一年間やり切った・目論見通り上智大学比較文化学部に無事入学・国際的な環境が自分にも合ってた・英語で日本語言語学をやる・大学生生活をエンジョイしてた・海外協力青年隊などに興味・上智大学在学中にUC Irvineに一年留学・外資系ソフトウェア会社のマーケティング部に就職・やりたいことがはっきりしてなかった就活・ブラック企業が当たり前の時代?・毎日終電後にタクシーで帰宅・心身ともにボロボロになり退職・結婚、妊娠、出産・ウェブサイト管理などの仕事をしてた・子育ての未来を考えた時・日本の学校システムに違和感・旦那さんが海外転勤を希望しロサンゼルスへ・一人目の出産、28歳で初めて・病院や医者や看護婦にもずっと違和感・何かがおかしいと感じていた・母子別室で赤ちゃんと離れるショック・良いお産だっという記憶がない・助産院での出産という選択肢を知らなかった 収録場所:Kindred space LA in ロサンゼルス リアルアメリカ情報 / アメスポ (1:01:00〜)・不審な電話やテキストメッセージに注意 関連情報・リスナーコミュニティ「情熱の部屋」 *1〜2時間ほどインタビューさせて頂いた内容を、4回にわたり配信しています。(アメリカ時間で毎週金曜) ▼Interviewee Profile 青柳寛子 / Hiroko Aoyagiカリフォルニア州ライセンス助産師Bluewillow Birthhttps://bluewillowbirth.comInstagram@bluewillowbirth 東京生まれ横浜育ち。7歳の時に父の仕事でノースキャロライナ州に1年在住。いつかまたアメリカに行きたいと思い高校でカリフォルニア州に一年間留学。帰国後、上智大学比較文化学部に入学し、在学中にUC Irvineに一年留学。卒業後、外資系ソフトウェア会社のマーケティング部で3年勤務。ブラック企業でボロボロになり退職、結婚後女児を日本で出産。2005年に夫の仕事を機にアメリカに移住。その後男児二人を自宅にて助産師のサポートのもとで出産する。3人目を出産するまではリモートでウェブサイト管理などの仕事をしていたが、その後は専業主婦。3人目出産後に産後鬱を経験し40歳を過ぎて女性をサポートする仕事に憧れ助産師を目指す。2017年に助産学校に入学し、2021年4月に助産師ライセンスを取得。2025年現在で200件以上のお産に立ち会う。2018年よりLAたまご会と言う日本人向け産前産後、子育てコミュニティを設立しサポートグループを開催中。助産師育成、ドゥーラ育成、母乳育児支援、胎盤カプセルサービスも提供している。
